2018年9月16日日曜日

バウアー投手のトレーニング方法・Plyo care balls



バウアー投手のトレーニング方法冒頭
ーマウンドからプルダウン  
 Jバンド インナーマッスル強化→角度を変えて行う   
   ボディーブレード? インナー強化・前腕の回内回外のチェック   
   リストウエイト アームケア 回内回外 肩甲骨内旋外旋    
  リバーススロー ウエイトボール  肩周りの筋肉(裏側)   
   ロールインスロー ウエイトボール セパレーション意識   
   クイックスロー (牽制的な)近い距離から・遠い距離(マウンドの傾斜を含めて)   
   ステップスロー(ウエイトボール) 100gと150gで



Drivelineのブログを読んでいると、「アカデミーの投手たちはウォーミングアップとケアに半分の時間を費やしている」と書いてありました。バウアー投手も日常的に以上のトレーニングを行っているようですが、肩の深層部の筋肉から浅層部、そして捻りの動きまで動作確認を行っています。





また、別の動画でも
リバーススロー (肩周辺後部の筋肉を対象にしている)
ピボッドピックオフスロー (上下セパレート・体の捻りで投球・最大外旋のため)
ロールインスロー(上下セパレートを意識)
ロッカースロー(股関節の動き・軸足の外転外旋・踏み出し足のブロッキング)
ウォークスローを行っています。(全身の連動)
※( )内は私の推測です。Drivelineの見解でないのであしからず。

この動画では、前半3種目は重いボールを使い、後半2種目で軽いボールを使っています。


このウエイトボール(Plyo care balls)は、
◇スピードアップのため
◇ウォームアップのため
に使われ、ドリルによって使い分けています。ブログでは再三このボールについて言及され、効果があるということが伝えられています。


日本ではほとんど見かけません。メディシンボールを投げる人はいますが、このサイズのボールを投げることはほとんど見かけませんね(某高校は取り組んでおられます)。もちろん私ももっとチームで実践したいところです。



「道具を使う」というのは、指導上かなり有効だと思っています。動作を理解し、その動作を引き出したい、というのが指導者の悩みどころであると思います。擬音を使ったり、言い回しを変えたり、たとえ話をしてみたり、たくさん工夫されていることだと思います。しかし我々がどれだけ頑張ろうと、感覚の共有はできません。脳をつなげればできるかもしれませんが、全く現実的ではないです。指導者と選手間には、ギャップが存在します。
 
 そのギャップを埋めるのは、道具です。理論で説明するのもよいと思います。問題点として、時間がかかることです。理論を理解するのに、10分の選手と30分の選手では3倍の違いが生まれます。そして頭で理解しても、体で実践できない場合があります。いくら頑張っても、感覚がわからなければできません。そこで時間がかかってしまうのです。その場合、道具は言わなくてもある程度わかることが多いです。そしてうまくできればすぐ感覚を掴むことができます。「動作を引き出すために、道具を使う」のであれば、間違いは少なくなります。その逆は実はミスも多いです。指導は時間との戦い、そんな気がします。
 











重いボール(plyo ball)をつかったトレーニング

アメリカのベースボールアカデミーの動画をよく見ますが、重いボールをつかったトレーニングがかなり普及しているようです。有名になったDrivelineだけでなく、多くのアカデミーで以下のようなトレーニングをしている動画が見られます。

https://www.youtube.com/watch?v=wxLGnVhzCh4

https://www.youtube.com/watch?v=QXBPj8R9kgk

https://www.youtube.com/watch?v=dMYntCtP0o8


Drivelineのブログによれば、
「リバーススロー、ピボットピックオフ、ロールイン、ロッカー、ウォーキングウィンドップの5種類の拘束ドリルがあります。これらのドリルのうちの3つは、ロールイン、ロッカー、ウォーキングウィンドプなどのベロシティトレーニングに使用されます。」とあります。


また、いくつかブログ読んでみると、重いボールを使うトレーニングは
◇ウォーミングアップ・投球腕のケア
◇ベロシティ(速度)アップ
につながるとされています。


私が実際に使用し、練習でも部分的に取り入れたなかでの考察として、
○通常投球時よりも多いストレスをかけることで筋肉に刺激を与える
○重さを変えることで負荷の度合いを変える
○肩甲骨・体幹部を連鎖させながら投球することができる

このような効果を感じます。


実際重いボールでは、ある程度メカニズムも改善されるようにも感じています。
重いボール+プルダウン(助走投げ)を行うことで、
「負荷のなかで最適な動作、運動連鎖の自然発生」につながると考えています。

もちろんデメリットとして肩肘へのストレスがかかるので、投球過多にならないようにバランスを取る必要があります。
※Drivelineのブログのなかでも、「Plyoballの使用数は調整する必要がある」との記載があります。

いずれにせよ、投手には大きな効果があるトレーニングであると言えるでしょう。












2018年9月15日土曜日

知覚の拡大


「わからない・できない・知らない」というストレスのなかに、身を置く。知らないことが多い環境の中では、自分自身が情けなくなる。「なんでこんなことできないのだろう」とか、「どうしてこんなことをやらなければならないのだろう」とか、そう思わざるを得ない環境でしばし生活をしてみる。そこで感じ取れることは、ある意味これまで自分が知覚してこなかったことである。自分が認知していた世界の外にあった、また別の世界である。ストレス環境下にいることは、自分の限界ラインが明確になるということである。


今日たまたまパスカルの『パンセ』を書店で手にとった。せっかくなので読んでみようと思って購入、時間があったのでしばらく読んでみた。これがまた、全然わからない。正確に言えば、「わからないところ」と「わかるところ」がはっきりしている。わからないところは、いくら丁寧に読んでもわからないし、全く想像がつかない。他の言葉やできごとで置き換える余地がない。おそらくそれは、自分が本当に知らないし心当たりもない領域なのだと思う。逆に知っているところは、想像できるし、例を考えることもできる。わからないときにイライラしたり不快感を感じるのだが、それはまさに自分の認知外なのである。


自分を成長させたいと思うし、より高い成果をあげるために、自分に制限を課して生活することが常である。それは本を読んだり、トレーニングをしたり、何らかしら自分のためになることを原則毎日行う。それは今できないことや、知らないことを、少しずつできるようになりたいと思うからである。必ずストレスが生じるし、いろいろ調べたり考えたりしなくてはならなくなる。でもそのストレスから解放されようと工夫することが楽しいし、考えることが楽しいし、前進している手応えを感じることができる。


知覚というのは末恐ろしい。同じ景色を見ても、人によって景色が異なる。成果を出している人間と、そうでない人間は、知覚の段階から大いに異なっているのである。その差は刻一刻と広がっていて、知らぬ間に離されてしまうのである。ストレス環境下のなかで新たな知覚を生み出し、自分の世界を拡大していく。「成長」とは、ひとつ「知覚の拡大」なのである。


2018年9月14日金曜日

良きコーチ・良き指導者




良きコーチ・良き指導者は、「必要なものを提供できる力」に優れている。前提として観察する能力があり、ゴールと現状を比較して、不足点を見出すことができる。または不足点だけでなく、長けている点についても見出すことができる。良きコーチは、その選手が今やるべきこと・より長所を伸ばす方法・不足点を補う方法を、提示することができる。


技術的問題であればドリルを、精神的課題であればメンタルトレーニングを、肉体的問題であればフィジカルトレーニングを、それぞれ選手に合わせて提供することができる。どんな行動を、どれだけの期間行うことで、どんな成果が得られるのか。そしてそれを「まずやってみよう」と選手に伝えることができる。プロであるならば、決められた期限のなかで成果を上げることが求められる。


◇観察する→理想像と比較する→エネルギーロスしている点・うまくできている点を評価する→身体的特徴などを考慮する→ドリル・トレーニングを考案する


※身体的特徴は考慮されないことが多く、動作を矯正しすぎてしまう場合がある。動作の不具合は、柔軟性不足・筋力不足などが考えられるので、ドリルで改善できない場合はトレーニングやストレッチなど違うアプローチを考える必要がある。



大量消費社会のなかでは、数多くモノが買われ、モノは消費されてきた。野球は「投げ込み」「走り込み」「振り込み」をすることで、高い成果を上げることができるとされていた。無限に時間がある学校、深夜まで拘束することが可能な学校であれば、それは可能だろう。しかし過剰な練習は障害を生み、運動できない体になってしまうリスクもある。


結果的に残った選手が「上手な選手」なのであって、技術的に優れている保証はない。生存バイアスと呼ばれているが、「ケガをしない選手がいい選手」という一側面のみが取り上げられ、「ケガはするが高い技術をもった選手」は練習に耐えられず、評価されなかった。「無事是名馬」であるのは、間違いではない。ただケガをしないように、フィジカルアップが図られることがなかった、特定の選手たちにとっては不遇な時代があった。


1人でも多くの選手が上達し、高い身体能力と高い競技能力を獲得する。そのために指導者が適切なアドバイスをする、ということが、今の野球界に求められていることではなかろうか。

2018年9月13日木曜日

自主的な活動を促すために必要なことは?


自主的な活動を促すために必要なことは?

自分たちで考えて行動するようになるには時間がかかる。一筋縄ではいかない、予想外のことが起こる、こちらはイライラする。しかし「自分で考えろ!」と怒鳴りつけるよりかは、待っていたほうが私はやりやすい。もちろん目に余るときには指摘をする場合もある。でもメインはプレイヤーである彼らだから。


自主的な活動のためには、以下の3つが必要ではないかと思う。
◇目標やビジョンを設定する
◇ゴールを明確にする
◇権限・責任を与える

 
 ビジョンや目標は、「最終的にどうなっていたいのか」「どうあるべきか」を教えてくれる。ようはそこまでたどり着けばいいのだから、道はいくつあってもいい。私たちが想像している範囲外で、答えが出てくる場合もある。答えを無理に合わせる必要はない。
 ゴールを明確にすること、どこがゴールかを決めること。高校野球が教育の一環で「人間性の育成」が目標であり、ゴミを拾う・他人に気遣いができるようになるというのは、ゴールだろう。チームの理念があり、具体的な行動を決定していく。そしてそこに責任を与える。
 人は責任を与えられて、はじめて自分の頭が機能していく。「失敗したらどうしよう」「周りから避難されるのではないか」と思いはじめ、命の危機を、自分の存在の危機を知る。その周囲の目と、やるべきこととの葛藤の中で結果を出す。「自分がやらなければならない」と感じることで、動き出すことがある。


我々指導者は、その自主的な活動を見守る役割だ。これはかなり難しい。どうしても口が出てしまう、態度に出てしまう、表情に出てしまう。選手がこちらを見て、プレイをするようになる。そうなってはいけない。選手同士が自分たちのプレイを見て、互いに必要なことを言う。ゴールに向かって突き進む。我々はその動向を見守り、大幅にズレてきたら修正をかける。それも「not」ではなく「suggest(示唆)」であり、「present(提示する)」であり、ともに考えるのである。

監督を目標にして、それを乗り越える時代は終わった。はっきりそう思う。その時代は、もう終わった。自分を見つめ、体と技能を高め、相手に勝ち、より広い世界を目指していく。そのために監督やスタッフは道標をつくるのだ。一緒に道を切り開くのだ。

2018年9月12日水曜日

目的意識


「目的意識をもって練習をする」というのは、当たり前のことのように言われるが、案外それは難しい。むしろできる人が少ないからこそ、そうやって言われるのではなかろうか。そうも思えてきてしまう。

グラウンドでは「意欲」「姿勢」「向上心」など、そんな言葉が大きく貼られているチームもある。ミーティングでも「時間を大切に」「練習の質を上げる」など、そんな言葉が飛び交う。実際ひとつ上のカテゴリーに進んだとしても、こちらが想像していたより成長していない、むしろ下手になっている場合がある。果たして練習をしていないのだろうか?サボっているのだろうか?私はそうではないような気がしている。


時間が有限なのは、皆平等である。学生野球はもちろんだが、社会人であってもどんどん有望な選手が入ってくるわけだから、今すぐにでも上達して実戦経験を積み、有望株から自分のポジションを守らなくてはならない。しかしその限られた時間は、本当に有効活用されているのだろうか。

「時間対効果」をよく私は考える。今ある時間で選手が上達するために、何をしたらよいのか。その選択を常に迫られている。1時間教えてホームランが打てるようになるのと、15分教えてホームランが打てるようになるならば、確実に15分のほうがメリットが大きい。残りの45分は、別の時間に使うことができるからだ。そう考えると、指導する側にとって無駄な時間はまったくない。教えないときは観察の時間だし、教えているときは、自分の指導を考え直す機会になる。「選手の成長のため」に「短い時間でよい結果が生まれるよう」に「グラウンドで行動」する。これが私の目的意識だ。


私は一応大人なので、そうやって行動することができる。そして、できれば選手もこうして動くことができれば、より上達するのではないかと思う。


しかし目的を持つのは難しい。その目的のゴールが不鮮明であればあるほど、達成するのは難しい。「ハーパー選手みたいに打つ!」は見かけの問題なので可能だが、「ハーパー選手と同じぐらい打つ!」は非常に難しい。私達は高すぎる目標は、目指すことができない。手に届くところならば、重い腰は上がるものだ。つまり「スモールステップ」を、自分に課すことができるか、が大切である。見えない階段は登れない、登れる階段だけ登ることができる。


2018年9月11日火曜日

強いチームになるために。


久々にブログ更新。もう少し緩やかに書いて、毎日続けられるようにしようと思います。トピックスは野球メインですが、日記・トレーニング成果・食事・読書なども含めて、書き連ねてログとしたい所存です。


さて、我チームは秋の大会で負けてしまったので、半年間におよぶ長い冬が始まりました。歴代のなかではメンバーが揃い、最強と呼び声も高いチームでした。しかし負けるときはあっさり負けるんですよね。直接試合を観ることができませんでしたが、不本意な結果に終わったのは確かです。勝った負けたは監督の責任ともいいますが、負けは組織の負けですし、勝つためのメンバーを揃えるのはスタッフの責任です。そこに選手を揃えることができなかった我々が、思いを1つにして進むしかありません。



強いチームとはどんなチームだろう?とよく考えます。もちろん個々の能力の高さは不可欠です。そうでありますが、野球はチームスポーツで、相手と戦うスポーツです。その競技特性を考えると、「個人の結集力」は不可欠だろうと思うのです。

私はこの「個人の結集力」を、宗教の信仰心に似たようなものを感じます。信者たちは教典を読み、同じ儀式を行います。キリスト教であれば、同じように聖書を読み、同じように教会に通います。その行為を行うことで「救われる」ことができるからです。個人の差はあれど、目標は同じはずです。歴史的に見て、その結束力が大きな事件を起こす場合もありました。



さて、どうしたらその結束力が、「個人の結集力」が強くなるのか。厳しい練習は然りでしょう、かつてはその厳しい練習が、結果的に結束力を生んでいた時代がありました。それもひとつ。
私が一番大事だと思うのは、「共通言語を使うこと」だと思っています。そのチームで通用する言葉をたくさん持つこと、使用すること、同じ言葉をしゃべること。同じものを使うことは、仲間の意識が高まります。信頼関係を築くときに「オウム返し」をしたり、似ているものを持つことがありますよね。

共通言語において大切なのは2点あると思っています。
・その共通言語に意味がある(同じ方向を向いている)こと
・選手がそれを理解していること

この2つです。

チームとして目指す方向性や目標のために、共通言語を使う必要があります。
「逆方向へコンパクトに打つ」チームであれば、「最短距離で!」「ゴロアウトOK」などの言葉が一貫して使われてよいと思います(結束力が生まれるが、勝てない)。
「外野オーバーを打つ」チームであれば、「フライアウトOK」や「外野までもってけ」などの言葉が飛び交いますよね(結束力が生まれ、かつ点も入るチームになる)。
まずはじめに、「どんな野球をしたいのか」「どう戦うのか」=戦略を決め、「具体的な戦い方」=戦術を決めていきます。その戦略なしには、戦術を決めることができません。


たとえば健大高崎高校の「機動破壊」、これは戦略です。「足を使って相手を揺さぶり、波状攻撃的に大量得点を取る」ものです。実際に足を使わない場面も数多くありますが、それはすでに揺さぶりがかかっているからです。その「機動破壊」という戦い方から戦術を決めていくわけです。そこで同じ言葉を使うことで、チームで「機動破壊」を理解し、結束力が高まり、強くなる。


そう考えると、チームを強くするには「会話」なくして強くはならないと思います。選手間同士の会話、声掛けというのは必要だろうと思います。グラウンド上での「指導者ー選手」「選手ー選手」の双方向コミュニケーションをとっていくことが、まず第一歩となるのでしょう。

8月11日 東北学院vs愛工大名電

 8月11日 東北学院vs愛工大名電 5-3 東北学院〇 かんたんなまとめ:初出場の東北学院が優勝候補の名電を撃破。 140キロトリオと激戦区を勝ち抜いてきた名電だったが、東北学院伊東投手の前になかなか点を取ることができない。初出場かつ新聞記事C評価の東北学院、投打がかみ合い長打...